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This article was originally penned in Japanese by Missosology Japan correspondent Mariko Ankai.  Photographs by Stephen I. Diaz. 新たなヴィーナスの誕生 ~2015ミス・ユニバース・ジャパンを終えて~   2015年3月12日、ホテル椿山荘TOKYOにて「2015ミス・ユニバース・ジャパン」が開催された。まもなく結果発表というとき、場内にイタリアのオペラティックポップ“Time To Say Goodbye”が流れる。空気を浄化してくれるような神聖な音楽は、私の心にイタリアのルネサンス絵画『ヴィーナスの誕生』を思い浮かばせた。まさに、会場中が新たなヴィーナスの誕生を待ち望んでいる瞬間だった。   世界大会への切符は、笑顔が印象的な長崎県代表の宮本エリアナ(20)が手にした。昨年、長崎県代表から日本代表となった辻恵子からのバックトゥバックのはずだったが、残念ながら辻はインフルエンザにより欠席。代表の証であるサッシュ(たすき)とティアラは、司会を務めた俳優の高橋克典氏から渡された。   ビューティキャンプが過酷だとすれば、大会本番は無情とでも表現しようか……。誰もが舞台から突き出たランウェイを歩くことを思い描き、トレーニングに励んで来たことだろう。しかし、無情にも1stセッションのダンス審査後、同大会を象徴する水着によるウォーキングを披露できたのは全出場者44名中、たったの16名。その後5名へと絞られ、ドレス審査と質疑応答へと進んだ。自身の優勝を信じていたファイナリストが何名いたかはわからないけれど、失意の中、応援に駆けつけた家族や友人の目の前で、ライバルの勇姿を舞台後方から笑顔で見守らなければいけないとは、何とももどかしい。 大会終了後、Missosology Japan で注目の候補者の一人としていた、岩手県代表の冨田彩紀子に話を伺う。挑戦に際し、並々ならぬ強い意志を見せていた彼女の佇まいからは、非常に悔しい思いが滲み出ていた。しかし「結果は残念だったけれど、ここまで自分が変われるとは思わなかった。今は満たされています」と語り、ライバルだった宮本の優勝も納得しているとして、素直にエールを送る清々しい姿に心が動かされた。   そして、本大会でひとつ言及しておきたいことがある。 優勝した宮本は、自身がハーフであることから差別に苦しんで来たことを明かしている。 ファイナルセッションでの質疑応答では、影響を受けた人物を問われ、同じく人種差別に苦しみながらもスターの座へと駆け上がった、マライア・キャリーの名を挙げた。 多民族国家ではない日本において、ハーフが日本代表になることへの疑問の声も上がっているようだが、世界大会では国の名を背負った国の代表が集まるとはいえ、あくまでも一個人を選出する大会であるということを強調しておきたい。かつてミスUSAとして、米国ではマイノリティであるアジア系の女性が選ばれ、世界大会で優勝したケースもある。若い女性のチャンスが、血や肌の色によって奪われたり、それによって優劣がつくことがあったりしてはならない。これは日本であっても同じではないだろうか。 80ヶ国以上もが集まる世界大会では、まずは周囲に埋もれてしまわぬよう、注目されることが最初の仕事と言っても過言ではない。今までにはない日本代表として、宮本が注目を集めることは間違いないだろう。そのフレッシュなビッグスマイルを引っ提げて、自身の魅力を存分にアピールしてほしい。   今年は昨年のファイナリストが数名、本大会のスタッフとして運営に携わっていた。自らも出場経験がある人たちがそばで見守り、大会を導いていたことは、今年のファイナリストにとって心強いものだっただろう。こうしてミス・ユニバース・ジャパン、そしてミス・ユニバースの遺伝子は受け継がれてゆく。 世界大会へ行く者、元の生活に戻る者、新たな道を歩み始める者……。行き先は様々だがこの貴重な経験を糧に、希望に満ちた若い女性が多く輩出されることも、この大会の醍醐味のひとつ。今後の彼女たち、そして後に続く2016年の挑戦者を引き続き追ってゆきたいと思う。 まずは、世界大会へと挑む、宮本さんの健闘を願って。   取材・文/mariko

(Hotel Chinzanso Tokyo). 20-year-old Ariana Miyamoto, a part-time worker and a daughter of a black American father and Japanese mother became the first ever...
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